世界中の何億人というユーザーが、すでに100億回くらい言っているかもしれないですが、どうしても私の言葉で言わせてほしい。
Netflixさん、お願いだから勝手にエンドロールを小さくしないでください。
映画好きにとって、エンドロールというのはただのスタッフロールではない。暗闇の中で音楽と共に作品を反芻する「映画館からの帰り道」そのものなのだ。例えば『ダークナイト』のような重厚な傑作を見終わった後、あの圧倒的なカタルシスの中でハンス・ジマーのスコアを静かに聴きながら余韻を噛み締めたい。ヒース・レジャーの文字すら見たいのです。
それなのに、「ああ、すごい映画だった……」と浸っているその瞬間に、突然画面が小窓サイズに縮小され、全く関係ないおすすめ作品がドーンと表示される。あの瞬間、強制的に現実に引き戻される感覚といったら言葉にならない。
しかも、主演から2人くらい名前が出た瞬間に縮小される絶妙なタイミングの悪さ。「今のシーンに出てたあの脇役の俳優さん、誰だっけ?」と答え合わせをしたいのに、文字が米粒みたいになって読めなくなるのは、ただの嫌がらせにしか思えない。せめて、この「おすすめポップアップ仕様」を無効にできる設定を作ってくれないだろうか。
TVアプリの操作性と「絶望のループ」
そしてもう一つ。テレビの大画面で見る時のアプリの操作性、あれはどうにかならないのか。
ちょっと30分前のシーンを見返したい時なんて最悪で、親指が痛くなるまでリモコンの左ボタンをずーっと押し続けないといけない。さらに、あの憎き「エンドロール縮小画面」との最悪のコンボが発動すると、悲劇が起こる。
- 画面が縮小される
- おすすめポップアップが出る
- カーソルが今どこに合っているのか絶望的に分かりにくい
- フルスクリーンに戻そうとして、間違っておすすめ作品を押してしまう(誤爆)
- 慌てて元の作品に戻る
- 「最初から再生」される
……この絶望のループ、一度や二度じゃない。せめて「続きから見る」にしてくれ!
苦労して観進めたのに容赦なく「最初から」に戻されるこの喪失感は、中学生の頃、セーブし忘れた『ドラクエ』で数時間分の苦労が水の泡になった時に味わったあの絶望感と完全に一致。蘇るトラウマ。
それでも私は、今夜もNetflixを開く
Netflix側からすれば「エンドロールで離脱されるくらいなら、次の作品を提示してプラットフォームに引き留めたい」というデータ至上主義の設計なのだろう。数字を見ればそれが大正解なのかもしれない。でも、私たちはただ、90分の旅の終わりに、暗闇の中で余韻という名の「帰り道」を歩きたいだけなのだ。
とはいえ、ここまで文句を言いながらも、私は今のところNetflixを見捨てるつもりはない。解約と契約を繰り返しているいるが、なんだかんだで圧倒的なコンテンツの魅力には抗えないし、テレビだけでなく通勤電車の中でもどっぷり世界観に浸れるこの便利さは手放せないからだ。
だからこそ私は、エンドロールに突入した瞬間にリモコンを強く握りしめ、ポップアップの脅威から身を守るために素早く操作する「一時停止の構え」を今日も取り続ける。
Netflixよ、いつかこの不毛な戦いが終わる日を、私はずっと待っている。